研究内容

2023/07/31

アストロサイトの活動はレム睡眠時に減少する

これまで神経細胞の睡眠覚醒における役割を中心に研究を行ってきたが、脳全体で担う睡眠の生理的役割を解明するためには、神経細胞だけでなくグリア細胞にも着目すべきであると考えた。本論文では、グリア細胞の一種であるアストロサイト活動が睡眠覚醒において変化するかどうかを検討した。アストロサイトの活動は細胞内Ca2+濃度の増減で評価できる。アストロサイト特異的にCa2+センサーであるYCnanoを発現する遺伝子改変マウスを用いた。細胞内Ca2+は覚醒時に高く、ノンレム睡眠時に低くなり、レム睡眠時に最も低くなることを見出した。本論文で計測した全ての脳領域(大脳皮質、海馬、視床下部、小脳、脳幹)においてその挙動は一貫していた。この結果は、睡眠覚醒ステージに応じたアストロサイトの活動パターンが、神経細胞活動パターンと全く異なることを示している。睡眠においてアストロサイトが神経細胞とは異なる役割を担っている可能性を強く示唆した。



Tsunematsu T, Sakata S, Sanagi T, Tanaka KF, Matsui K
Region-specific and state-dependent astrocyte Ca2+ dynamics during the sleep-wake cycle in mice.
J Neurosci 41(25): 5440-5452, 2021
https://www.jneurosci.org/content/41/25/5440.long

♦プレスリリースはこちら♦
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2021/05/press20210519-01-sleep.html

夢を作り出す?PGO波のマウスでの測定に世界で初めて成功

光遺伝学や化学遺伝学により、レム睡眠の制御に脳幹が重要な役割を担っていることが明らかにされてきた。Ponto-geniculo-occipital(PGO)波とよばれる睡眠脳波は脳幹で発生し、脳内全体に伝播していくことが知られていたが、半世紀以上マウスには存在しないと考えられていた。本論文では、マウスでのPGO波の測定に世界で初めて成功した。PGO波はその伝播回路が視覚情報処理回路と良く似ていることから、1970年代から「夢」を脳内で作り出していると予想されてきた。未だに誰も実験的には明らかに出来ていないが、今回マウスのPGO波を発見したことにより、今後夢を見るメカニズム解明にも繋がる可能性を秘めている。



さらに、シリコンプローブを用いた大規模細胞外記録法を用いて、睡眠覚醒を繰り返すマウスからPGO波と海馬神経活動やリップル波を同時に測定した。その結果、ノンレム睡眠時は海馬神経活動やリップル波が起こった後にPGO波が観察されるが、レム睡眠時はPGO波が起こった後に海馬神経活動が高まることを見出した。本論文により、異なる睡眠状態では、脳幹と海馬の脳領域間での情報伝達方向が逆転することを世界で初めて示した。この発見により、同じ睡眠状態でも、レム睡眠とノンレム睡眠で生理機能が異なる可能性が示された。



Tsunematsu T, Patel AP, Onken A, Sakata S
State-dependent brainstem ensemble dynamics and their interactions with hippocampus across sleep states.
eLife 9: e52244, 2020
https://elifesciences.org/articles/52244

♦プレスリリースはこちら♦
https://www.tohoku.ac.jp/japanese/2020/01/press2020124-01-sleep.html

光遺伝学的手法によるメラニン凝集ホルモン神経の活性化はレム睡眠を惹起する

神経ペプチドの一種であるメラニン凝集ホルモン(Melanin concentrating hormone: MCH)を産生するMCH神経は、オレキシン神経と同様に視床下部外側野に局在している。MCH神経は摂食行動を制御していると考えられてきたが、オレキシン神経の分布、および投射パターンと酷似しているため、睡眠覚醒制御にも関与していることを予想した。本論文では、MCH神経を活性化、および抑制するために、MCH神経特異的にチャネルロドプシン2、あるいはアーキオロドプシンを発現する遺伝子改変マウスを作成した。個体マウスに対して、1分間光照射し、MCH神経活動を活性化するとノンレム睡眠からレム睡眠へ移行することを見出した。一方、MCH神経活動を抑制しても、睡眠覚醒ステージへの影響は見られなかった。以上のことから、MCH神経が睡眠覚醒制御の役割を持っていること、およびレム睡眠の移行スイッチとして十分条件であるが、必須ではないことが明らかになった。



Tsunematsu T, Ueno T, Tabuchi S, Inutsuka A, Tanaka KF, Hasuwa H, Kilduff TS, Terao A, Yamanaka A
Optogenetic manipulation of activity and temporally-controlled cell-specific ablation reveal a role for MCH neurons in sleep/wake regulation.
J Neurosci 34(20): 6896-6909, 2014
https://www.jneurosci.org/content/34/20/6896.long

光遺伝学的手法によるオレキシン神経の抑制はノンレム睡眠を惹起する

全ての神経ネットワークが保たれた状態で、特定の神経活動の活性化あるいは抑制が、個体レベルでの行動発現へ直接与える影響を検討するためには、光遺伝学の導入が必要である。本研究では、オレキシン神経に光遺伝学を導入し、オレキシン神経活動の抑制が睡眠覚醒に影響を与えうるか検討した。オレキシン神経特異的に橙色光駆動型プロトンポンプであるハロロドプシンを発現する遺伝子改変マウスを作成した。視床下部に留置した光ファイバーを介して1分間橙色光照射を行い、オレキシン神経活動を抑制すると、マウスは覚醒からノンレム睡眠へ移行した。その時、オレキシン神経の投射先であり、覚醒中枢のひとつである縫線核セロトニン神経活動も同時に抑制されることをin vivo細胞外記録法を用いて明らかにした。本研究により、オレキシン神経のみの活動抑制が個体におけるノンレム睡眠開始のスイッチとしての役割を果たしうることを世界で初めて明らかにした。



Tsunematsu T, Kilduff TS, Boyden ES, Takahashi S, Tominaga M, Yamanaka A
Acute optogenetic silencing of orexin/hypocretin neurons induces slow-wave sleep in mice.
J Neurosci 31(29): 10529-10539, 2011
https://www.jneurosci.org/content/31/29/10529.long

♦表紙に選ばれました♦



オレキシン神経はV1a受容体を介して自発運動量を増加させる

神経ペプチドの一種であるオレキシンを産生するオレキシン神経は、視床下部外側野に局在しており、覚醒の維持に重要な役割を担う。本研究では、オレキシン神経の活動を制御する神経メカニズムを解明した。スライスパッチクランプ法を用いて、バソプレシンがV1a受容体を介して、その下流の非選択的陽イオンチャネルを開口させることでオレキシン神経を活性化することを明らかにした。また、マウス個体を用いた行動薬理学実験より、絶水時の自発行動量の増加にこのV1a受容体を介したオレキシン神経の活性化が重要な役割を果たしていることを見出した。オレキシン神経への入力系を明らかにすることにより、睡眠覚醒制御機構をはじめとする本能行動の根幹をなす神経機構の解明に貢献した。



Tsunematsu T, Fu LY, Yamanaka A, Ichiki K, Tanoue A, Sakurai T, van den Pol AN
Vasopressin increases locomotion through a V1a receptor in orexin/hypocretin neurons: implications for water homeostasis.
J Neurosci 28(1): 228-238, 2008
https://www.jneurosci.org/content/28/1/228.long